日産
アベニールは、日産車体が製造、
日産自動車が販売していたステーションワゴン型の乗用車。
初代(W10型、1990年〜1998年)登場は1990年5月のW10型。P10型プリメーラのワゴン版としての位置付けであり、欧州にはプリメーラワゴンとして投入された。
乗用モデルと商用モデル(カーゴ)が存在。 グレード名が「ei(エイ)」、「bi:(ビー)」、「si:(シー)」と名づけられていた。
エンジンは前期型はSR18Di後期はSR18DEとSR20DE(si:のみ)。追加で4WD(アテーサ)や「ef(エフ)」がある。
1993年1月、マイナーチェンジ。グリル等が変更される。ディーゼル(CD20T)追加。 1993年12月、「salut!(サリュー!)」追加。 1995年8月、乗用モデルが大幅マイナーチェンジ。車名を「
アベニールサリュー」と改称。CMには当時、モデルとして活躍していた松嶋菜々子が出演し、このCMによって彼女がブレイクするきっかけとなった。
中古車ディーラーや買取・下取り店の情報。
2代目(W11型、1998年〜2005年) 1998年8月、W11型にモデルチェンジ。GT4シリーズとサリューシリーズの2系統のグレード体系をもつ。搭載するエンジンは全て直列4気筒で、SR20DET型インタークーラー付ターボ、SR20DE型、QG18DE型、CD20ET型ディーゼルターボの4機種。SR20DE型搭載車にはCVTを組合わせるモデルを設定した。また、オーテックジャパンの手による特別仕様車「ライダー」が設定された。車体を共用する商用モデルはエキスパートとして独立。 2000年5月、マイナーチェンジ。フロント周りをGT4シリーズのデザインに統一する等、内外装を変更。車間自動制御システム搭載車を設定。SR20DE型の出力を向上させた他、CD20ET型搭載車を廃止。併せて「アベニール」誕生10周年記念車を設定。 2000年10月、「ブラスター」を追加。既存モデルに対し、大径サイズのタイヤおよび高い車高とし、専用バンパーを装備。2WDと4WDを設定し、搭載するエンジンはSR20DE型のみ。 2002年8月、SR20DE型に替わりQR20DE型エンジンを搭載。 2005年9月、生産終了。なお、エキスパートは継続生産されている。
日産プレサージュ (
PRESAGE) は、
日産自動車が生産しているミニバン型乗用車。
1998年6月 U30型
日産プレサージュ登場。N30型ルネッサのプラットフォームを基に、当時人気を博していたホンダ・オデッセイに対抗させるため発売された。当時、プレーリージョイにて採用していたスライドドアは採用せず、後席ドアも前席ドアと同じ前ヒンジドアになる。搭載エンジンはKA24DE型直列4気筒DOHC2388cc、YD25DDTi型直列4気筒DOHC2488cc直噴インタークーラー付ディーゼルターボ、およびVQ30DE型V型6気筒DOHC2987ccの3機種。
日産自動車の中古車情報
しかし、日産の開発陣のこだわりからか、現状でも一般個人向けでなく、一部の大手企業や官公庁などごく少数の需要しかない、電気自動車(EV)のバッテリーモーターを搭載する事を前提に企画設計された事により、フロアの高さが高くなり乗り降りがしづらかった事、車高寸法の割に室内高に余裕がない事と後方につれて傾斜が高くなっていたフロアが災いし、後部座席で座った状態の姿勢が体育座りの状態となってしまうなど、先行発売されたルネッサと同様に、ユーザーや購入を検討していた顧客からの評判が芳しくなく、人気や販売と共に低調を続けてしまう結果となった。
1999年11月 コンポーネンツを同一としたサニー店、プリンス店(現在のレッドステージ)向けの「
バサラ」(JU30型)が登場(2003年6月まで)。
2001年8月 マイナーチェンジ。搭載エンジンがQR25DE型直列4気筒DOHC2488ccとVQ30DE型の2機種となる。ディーゼル車はカタログ落ちし、ハイウェイスターが追加された。また、オーテックジャパンによる特別仕様車である「アクシス」が設定されていたが、新たに「ライダー」が設定された。
プレサージュ情報ページ
2代目 U31型(2003年-)
2003年7月24日
U31型にモデルチェンジ。後席ドアは両側スライドドアを採用した。2列目のシートはベンチシートとなっている。
エンジンは、V型6気筒3.5LのVQ35DE型と、直列4気筒2.5LのQR25DE型の二種類を搭載する。ディーゼル車は設定されない。VQ35DEエンジン搭載車には、エクストロニックCVTが装備されるが、マニュアルモードはない。
車名のロゴが、「Presage」から「PRESAGE」に変更された。
また、プレサージュのエンブレムが廃止され、日産のエンブレムに変更された。
プレサージュの中古車
2004年5月12日
V Limited追加。Vにスライドドアオートクロージャー、インテリジェントキーなどの装備を追加。専用色としてのファウンテンブルーパールメタリックが用意された。
2004年10月
マイナーチェンジ。ハイウェイスターの外装を一部変更したほか、全グレードの内装および装備を変更。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダーS」を追加設定。
なお、初の海外販売として香港(中国)へ輸出。追ってシンガポールへも輸出が開始された。2500ccエンジン搭載車のみの輸出に留まっている。
2005年4月28日
特別仕様車、Vエアロを追加。Vにハイウェイスターのエアロを中心とした装備を装着したグレード。
プレサージュの新車値引き情報
特別仕様車、Rider αを追加。Riderに、RiderSの内装や専用フロアカーペット、スーパーサウンドシステム、キセノンヘッドランプなどを装備したグレード。
2005年12月27日
マイナーチェンジ。グレードの見直しと法規改正によるヘッドランプレベライザーの採用など。
2006年5月29日
マイナーチェンジ。
エクステリアは、フロントを中心に外観を大きく変更。ボディカラーも変更された。内装では、従来のセンターメーターと楕円状のセンタークラスターが廃止されてオーソドックスなデザインに改められている。
グレードも整理され、3.5Lエンジン搭載車は4WDが廃止されFFのみとなり、ハイウェイスター、ライダー、ライダーSのみとなった。新たにライダーαIIが追加された。
2006年12月19日
特別仕様車、250ハイウェイスターJを追加。人気の高い250ハイウェイスターをベースに、装備の変更を行ったグレード。
2007年6月7日
マイナーチェンジ。
グレードの見直しが行われ、特別仕様車、250ハイウェイスターJをカタログモデルとして追加。また、250XEを250XGに統合。エクステリアでは、250XGと250XLのフロントグリル、バンパーが変更された。ほかには、メーカーオプションのナビがHDDとなり、またiPodの曲をワイヤレスで聞くことが可能になったなど。
ラフェスタ(LAFESTA)は日産自動車が製造する5ナンバーサイズ、7人乗りのミニバン型乗用車。モデル概要日産ムラーノの発表会上で同時発表された6車種の一つ。
リバティの後継車種にあたり、ルノー・メガーヌと共通のアライアンス・Cプラットフォームを用いる。後席ドアにはリバティと同様に両側スライドドアを採用している。ガソリンの挿入口は「リバティ」が左側であったのに対し最近の日産FF(前輪駆動)車にあわせ右側に。
ラフェスタ情報 シフト_ワードはSHIFT_ open feeling「開放感を、シフトする。」 スペース確保のしやすいスクエアフォルム(=面を直立させた構成の)とし、窓を大きくとり、大型サンルーフであるパノラミック・サンルーフを標準装備(パノラミックルーフレスの場合70,000円安)するなどの工夫で全ての席で開放感を高めている。 ヨーロッパでは、プジョー・307などで採用されたこの大型サンルーフだが、日本での本格的な採用はクーペなどを除きほぼこれがはじめて。このあとすぐにステーションワゴン車で本田技研工業が同等コンセプトの「スカイルーフ」を採用したエアウェイブを、約半年後にはトヨタが「パノラマルーフ」採用のトール2ボックス型コンパクト・カー『ラクティスを発売しかも各車ともにステアリング・シフトも採用している。その後も各社が続々と新型車や特別仕様車に大型サンルーフを採用し、トレンドとまでなった。
中古車販売店情報
発売当初は、グレード構成が20S、20M、プレイフルのみだったが、2005年8月25日からは、ハイウェイスターが追加された。
メカニズムエンジンは低速域でのトルクを重視したという新開発のMR20DE型直列4気筒2.0Lエンジンを搭載。
駆動方式はFFまたは四輪駆動で、トランスミッションは駆動方式やグレードに関係なく、軽い力で操作できる電動アシストシフト付きCVTになり、
スポーツグレードの「M」には6速マニュアルモード内蔵のパドルシフトが付く。
B30型 (2004年-) 2004年9月2日 ムラーノの発表会でフーガなどとともに横浜市の大さん橋ホールにて先行公開される。
(この日の発表会には横浜市の中田宏市長も出席した)
2004年12月2日
ラフェスタを販売開始。型式はB30型。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダー」を設定。 2005年8月25日
ラフェスタにハイウェイスターを追加。 2005年12月7日 一部改良。20Mが廃止される。20G、20SPセレクションが追加。
ラフェスタ中古車情報
エンジンは低速域でのトルクを重視したという新開発のMR20DE型直列4気筒2.0Lエンジンを搭載。 駆動方式はFFまたは四輪駆動で、トランスミッションは駆動方式やグレードに関係なく、軽い力で操作できる電動アシストシフト付きCVTになり、「ハイウェイスター」には6速マニュアルモード内蔵のパドルシフトが付く。
ラフェスタ値引き情報
B30型 (2004年-)
2004年9月2日
ムラーノの発表会でフーガなどとともに横浜市の大さん橋ホールにて先行公開される(この日の発表会には横浜市の中田宏市長も出席した)。
2004年12月2日
ラフェスタを販売開始。型式はB30型。オーテックジャパンによる特別仕様車「ライダー」を設定。
2005年8月25日
ハイウェイスターを追加。
2005年12月7日
一部改良。20Mが廃止される。20G、20SPセレクションを追加。
2007年5月15日
マイナーチェンジ。主に外観を変更。プレイフルがラインアップから外れる。
後期型はどちらかというと、「パノラミックルーフ(開放感)」よりも、「運転のしやすいミニバン」ということをアピールしている。CMのBGMも、「運転うまくなったでしょ」や、「小回りだって」などの歌詞になり、CMの中ではパノラミックルーフや開放感に関する歌詞はまったくない。また、パノラミックルーフもCMの中では一瞬しか出てこない。そしてSHIFT_ワードも、「SHIFT_easy driving」に変わっている。
ティーダラティオ (TIIDA LATIO) は日産自動車が製造する小型のセダン型自動車、初代サニーから数えると10代目になる。単に"ラティオ"と呼ぶ事もある。
日産ティーダラティオモデル概要
同車は、
2004年9月30日をもって長い歴史にピリオドを打った、
日産の大衆モデル車サニーの事実上の後継車であるため、
対抗車種はカローラアクシオ(2007年現在。ラティオ発売開始当時の2004年10月〜2006年10月9日まではカローラセダンが対抗車種)やランサーセダンとなる。
エンジンは1.5リッターと1.8リッターの二本立てで、ティーダ同様、高い質感と、5ナンバーサイズのコンパクトボディを堅持しながら
シーマとほぼ同レベルの室内の広さを確保したパッケージングが魅力。
日産の事実上の親会社で、アライアンス関係を結んでいるルノーと共同開発したBプラットフォームを使用している(マーチやルノー・モデュスと共用)。
2005年4月から中国で現地生産を行い発売しているが、中国で販売されているものには「ラティオ」のサブネームはつかず、
単に「ティーダセダン」として発売されている。
こちらのエンジンは1.6リッターのオリジナルであり、現地モデルにも届きそうな低い価格設定も魅力である。
シンガポールでは単にラティオとして発売しており(日本でもテレビ・ラジオCMや広告では単に「ラティオ」と呼んでいる)、
日本でいう
ティーダのハッチバックモデルは「ラティオ・スポーツ」と名づけられている。
また、本カタログにはラインナップされていないが(専用カタログあり)、法人専用グレード15Bも存在する。事実上サニーに設定されていたビジネスグレードFEの後継である。
SC11型 (2004年-)
2004年10月 9月にデビューしたティーダのセダンモデルとして登場。型式はSC11型。
2005年1月 新開発のMR18DE型直列4気筒1.8リットルモデルを追加。
2005年4月 中国向け「ティーダ セダン」(中国名:?達)を発売。同月開催された「オート上海 2005」に出展。日本向けには設定のないHR16DE型直列4気筒1.6リットルエンジンに4速A/Tを組み合わせる。生産は日産自動車と東風汽車との合弁会社である東風汽車有限公司 花都工場にて行われる。
2005年12月 一部改良。
2006年6月 台湾、タイ王国で相次いで発売開始。
2006年12月 HR15DEエンジンとCVTの改良により、燃費向上。また、ビジネスグレード15BにエクストロニックCVTが搭載される。
ティーダラティオ値引き情報
ティーダラティオ中古車情報
マーチ(March)は、
日産自動車が製造・販売するハッチバック型のコンパクトカーである。
トヨタ・ヴィッツ・ホンダ・フィットとともに、日本のコンパクトカー御三家の一角を占める。日欧両市場での販売を視野に入れており、
日本以外では「Micra(マイクラ、ミクラとも読む)」名で販売されている。
扱いやすいコンパクトなボディに大人4人が快適に移動できるキャビンを持つ合理的なパッケージングが特長であり専門家の評価も高い。
特に2代目・K11型は日欧でカー・オブ・ザ・イヤーを同時受賞するなど高い評価を受けた。
また、日本車としては珍しくフルモデルチェンジのスパンが長いのも特徴の一つである。
派製品も含めるとコンパクトカーとしての現在の売り上げは圧倒的といえる。
日産情報2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける。
ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式。日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止された。
欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年夏頃の導入が予定されている。
技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」が初めて採用されたことが最大のトピックである。
このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。
日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。
欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え電動式四駆「e-4WD」も用意された。
2代目
日産マーチの特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、
2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。
燃費効率の向上を目的に全車電動式パワーステアリングが採用されているが、感触が不自然で違和感があるとする評論家が多い。
くりくりしたヘッドランプが特徴的なエクステリアデザインは日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフやわずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若年の男性および中高年の男性が乗るには少し可愛すぎて気恥ずかしい(照れくさい)という声も聞かれる。競合車種と比較した場合、全長が短いことや後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。
カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種(それ以前に発表された車種は着任前すでに開発が始まっていた)として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、日産社内外から競合車が続々と発売されたこともあり販売実績は低下したものの、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。
日産マーチの情報ページ
3代目(K12型・2002年 - )
2002年2月、2度目のフルモデルチェンジを受ける[9]。ボディ形式は変わらず3ドアと5ドアのハッチバック形式だが、日本市場では2005年のマイナーチェンジを機に、3ドアモデルは廃止され、現在では5ドアのみとなっている。欧州市場ではクーペカブリオレの「マイクラC+C」も発売されており、日本にも2007年7月に導入され1,500台が限定販売されている。
日産マーチ値引き情報
技術面ではルノーと共同開発した「アライアンス・Bプラットフォーム」[10]が初めて採用されたことが最大のトピックである。このプラットフォームはその後登場した多くのルノー車、日産車のベースとなっている。日本仕様車では新開発の1.0/1.2/1.4LのCR型エンジンを搭載、5速MT/4速ATを組み合わせていた。欧州では1.6Lモデルも存在する。駆動方式はFFに加え、電動式四駆「e-4WD」も用意された。2代目の特徴の一つであったCVTは当初ラインナップされていなかったが、2005年のマイナーチェンジを機に1.5LのHR型エンジン+CVT搭載のモデルが復活した。
マーチの中古車情報
燃費の向上を目的に、全車に電動式パワーステアリングが採用されているが、パワーアシストの制御が不自然で、ギア比も早すぎるとする評論家が多く、ユーザーの中にもその点を不満に感じている者がいる。また、通常の走行では問題とならないが、横Gが大きくかかるコーナリングを短時間に繰り返した場合、アシストモーターにかかる電流値の合計が急激に増え、フェイルセーフが働き、アシストがオフになる。この場合、復帰までに数分を要する。この症状は同じ部品構成の車種全般に見られる[11]。
くりくりしたヘッドランプとカエルの顔をイメージさせる特徴的なエクステリアデザインは、日本のデザインスタジオで開発された。欧州向け日産車に共通するウイング型のグリルをはじめ、丸くラウンドしたルーフや、わずかに残されたリアノッチ、ショルダー部分のキャッツウォーク形状には2代目の面影を残す。極めて独創的で愛嬌のあるスタイリングであるが、若者の男性や中高年の人が乗るには少し可愛すぎて恥ずかしい(照れくさい)という声も聞かれる。競合車種と比較した場合、全長が短いことや、後ろ下がりのルーフ形状のため、後席居住性やラゲッジスペースは若干劣ることが多い。また、日本仕様車では多彩に用意された個性的な内外装色も特色であり、自動車の優れたカラーデザインを顕彰する「オートカラーアウォード」を3度(内グランプリ2度)受賞している。
カルロス・ゴーンCEO着任後、初めて開発された車種として、その売れ行きには注目が集まったが、発売初年度の日本市場では月販目標台数8,000台を大幅に上回る月平均14,000台を販売し大ヒットとなった。その後、社内外から競合車が続々と発売されたこともあり、販売実績は低下したものの、発売後4年を経過した2006年現在でも月5,000台程度をコンスタントに売り続けている。